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こころのままに

昨晩、デスクの電気スタンドの明かりに
カエルがガラス窓に...ヒタッ
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残酷な話を話を思い出した...........
水の入った容器にカエルを入れ、
ゆっくりと熱していくと、
カエルは暴れもせず、逃げ出しもせず、
そのまま死んでしまう、という。
要するに急激な変化ではなく、ゆっくりした変化には気づかない。
実際は変化が起きているのに、気付かないから対応もできずに、
生き抜けないというのを例えた話のようだ。

カエルに似ているかもしれない私、小さなカエルが愛おしくなって、
そっと窓下の草むらに帰した。

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8/31.カレンダーを9月に変えようかと眺める。
お気に入りの<マルハニチログループ.大都魚類>のカレンダーだ。
絵がいい♪
今日でお別れは「オオカミウオ」、“縄文の顔”蝦夷の頭領アテルイを想う.......

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今朝の釜石水揚げの「ワラサ」見目麗しきことよ、西の魚って“弥生人”の顔....麻呂顔。


Qinのひげ


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ジャズプレーヤーはもちろん、
ジャズを愛好する人なら、
一度は耳にしたことのある店が、
三陸のちいさな漁師町,大槌にある(いや、あった).......。
店の名前は『Qin』 ...※クイーンだがqueenではない、マスターは“けんちゃん”。
“けんさん”とは誰も呼ばない、小さい頃からずーっと“けんちゃん”、私の兄である。


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かつての店内、今にも崩れそうで崩れない「Jazzの本」やら「レコード」「CD」。
壁に沁みたコーヒーの香り、静に流れるヘレンミレルの歌....懐かしい。

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3/20...着の身着のままで、娘と2人、名古屋の妹のところへ....一時避難(やつれ顔)。


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大津波は店を跡形もなく壊し、膨大な数の貴重なレコードも流した。
ライヴで何度も大槌を訪れた坂田明氏が、Qinの在った場所でサックスを吹いていた。


そしてそれから.....Jazz屋の心意気、全国的に広がりがあって
  http://www.j-cast.com/2011/06/29099908.html








みつかった金庫

津波で流失した財布だったり、家庭の金庫だったりと、
自衛隊や警察やボランティアによって見つけられたお金が、
被災地全体で合計23億円、持ち主に返還されたという。

このことが海外のメディアでも報じられ、
日本人の誠実さを表していると、驚きや称賛の声が各方面から上がったとか........

6/27.小雨の日、警察署から電話。
「確認していただきたいものが....」とだけ。
何だろ?警察からの電話というだけでも、こころがおだやかじゃない。
行ってみた。

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デスクの上にあったのは、流された加工場に置いてあった『手提げ金庫』。
中身を確認してください.....「ハイ」。
鍵がこじ開けられた跡がはっきりしています。
現金は 100円玉が5枚、10円が6枚、5円が3枚、1円が5枚=¥580円
(たしか...万札はなかったけど、1000円札は7,8枚は入っていたなぁ)
通帳&年金手帳&三文判など、泥でグジャグジャ。

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今朝の港町
ここに中小機構の仮設工場が建つ。着工までまだだけど....



負けない

我が家の前、大槌川の土手の内側に「コナラ」などのブナの木と竹林があって、
ヤマバトやシジュウカラ、ツグミなどを間近に見ることが出来る。
今日などは" ミーン,ミン,ミン,ミ~~...夏の終わりも近いのに、セミが鳴いてました。



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3/11の大津波は川をさかのぼって、家の傍まで、火がついたものも流れて来ました。

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竹林の半分は2,3日後には枯れてしまって、海水による塩害かと.....。

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このままでは終わらないのが大自然、
5ヶ月経って、竹林はごらんのように青々と真っ直ぐ空に伸びています。
元気と勇気とやる気をもらっちゃった。




投票前日、町を歩いてみた

暮らしの息遣いの消えた町を選挙カーが走っています。
候補者は名前を連呼することもない。
なんだかパッとしない顔ぶれだし..........う~~~む

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「毎度どうもっ...」「稼いでいるかぁ..」店屋のオヤジの声も消えてしまった町の中心地。
「ここはお国を何百里.......」まるで戦地か戦場か。

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海ゆかば、水浮く......山ゆかば、草生す.......の光景。
夏草が生い茂ってはいるけれど、吹き渡る風の色はもう初秋。

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戦禍のアフガンやリビアじゃない、
ここはニッポン、大槌町、シッカリと人物を見極めして....投票に行こう。

少しは笑える話も......

九州/福岡の知り合いからメール着信。
「クツゾコ」って、三陸では獲れても入札にかけられることなど無く、
足で蹴っ飛ばして「ひと山何ん~ぼ」なんだってね。
美味い魚なんだけどなぁ...ちょうど今が旬で、今夜はこれを肴にちくと一杯です.......と、
ごていねいに写真まで添付して寄こした。

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謎多き黒舌平目の私生活  近三津子

「クツゾコ(靴底)」と言ったり、「ゲタ(下駄)」と呼ぶのは主に西日本(らしい)。
クツの底を食うとか下駄をしゃぶるなんて、、、食欲がそがれます。
関東以北では正式名称で「舌平目」とお呼びいたしますです。ハイ


舫(もやい)、纜(ともづな)...


「魚を獲る」だけの漁師はいらない。
魚を育み漁場を作るのも守るのも漁師の役割。
魚を食べる人の笑顔を楽しめるのも漁師の役得。
海の驚異や畏怖を知り、伝えるのも漁師の義務。
多くの役割を背負い海で働くのが漁師の宿命..............

このような自己紹介をしている千葉の漁師.金萬智男さん達が立ち上げた
『プロジェクト“舫”』http://www.joyf.co.jp/から
大槌のどなたか漁師さんに届けられた舟、<天羽・福幸丸>(福幸=復興)を、
今朝、修復も再開も未だ未定の魚市場岸壁でみました。

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そして今朝の釜石の魚市場。
支援の手鉤を渡しに行って、2ヶ統だけの定置網の水揚げ→セリをながめていたら、みんなから
「大槌はまだなの?」「いつになるの?」....

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魚河岸野郎の必需品

何年か前の8月、釜石魚市場の<マカジキ>のセリです。
学生時代にかじった俳句が、ときどき頭をもたげてきます........♪♪

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本日また、築地の<チームTukiji-Women>さんから、救援物資が届きました。
まな板,包丁,ワンタッチ前掛け,手袋,タオル,パレット,,etc
そして手鉤も........
新品10本の他に、なんとっ!荷受さんの焼き刻印入りが6本。[東水]・・・東都水産さん。
じつは、私の出荷先は大都魚類さんなのに、忝いことであります。

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マジックインキのお名前の「ふじえ」様へメッセージ、焼印入りは東水さん出荷の
釜石の丸辰さんと、いちまる岩間さんに渡します。

消し去りたいけれど.......

被災者であるのに、何故かデジカメを握って現場に立っている自分、
アドレナリンなのか、ドーパミンのせいなのかわからないが、脳だけはシッカリ覚醒していた。

ここが町の中心街

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放心状態で家族を探している人

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そして、役場庁舎.ここでは町長と職員33人.....嗚呼。

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あの日から2ヶ月後の5月中旬、ガレキの置き場はハエだらけ

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無残な状態の自動車、交通事故でもここまでは....

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記憶の風景=②

30年ほど前に、トゲウオ研究者の森誠一・岐阜経済大教授が町を訪れ、源水川で淡水型イトヨを見つけた。
『イトヨ』って何?、派手に取り上げられることもなかったが、清らかな水が湧くところでしか生息が確認されていない絶滅危惧種の魚だという。

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この源水(地元では「げんず」と呼ぶ)は鮭の子が生まれ、育って旅立つところ.................
傍には大槌中学校があって、卒業生を『源水(げんず)の子』と、校歌に歌っている。

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大津波は、川を濁らせ、大量のゴミが流れこんだ。行方不明者の捜索もしていた。

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自衛隊やボランテアさん達の支援で、濁っていた水面が再び澄んできた6月、ちいさな魚影をみつけた。
感動♪.....『源水(げんず)の子』、復興のシンボル........。



サライの空へ

流れてゆく 景色だけを じっと見ていた
サクラ吹雪の サライの空は
哀しい程 青く澄んで 胸が震えた.............

まぶた閉じれば 浮かぶ景色が
迷いながら いつか帰る 愛のふるさと
サクラ吹雪の サライの空へ
いつか帰る その時まで 夢はすてない.............

_______________________________________________

24時間テレビのテーマ曲が流れています。
そう、今日の大槌はサライの空でした。

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夕焼けは、まるで不動明王の背の炎、明日への祈り。

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記憶の風景

昨年の8/31.大槌魚市場の朝の水揚げ風景です。サワラの大漁が懐かしいです。
サイズ選別をして鮮度保持タンクに素早く入れる....内勤職員も早出して手伝いします。
赤いポロシャツの浜田さん、3/11防潮堤水門を閉じに行き、流されて亡くなりました(合掌)。

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被災の魚市場の様子です。見るも無残で、隣接の漁協ビルも瓦礫と化してしまいました。

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ここは、鮭鱒人工孵化場の公園です。春はお花見、秋は紅葉と、憩いの散歩コースでした。
(2010,11撮影

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それが、津波が引いた翌日,3/12に行ってみたら、言葉も出てこない状況でした。

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感謝を込めて=②

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自分の会社の工場は影も形も無くなって、機材やトラックも流失したけれど、幸いにも自宅は海から4km離れた山側だったので難は逃れました。仕事で「魚」を扱っていたご縁で、東京築地市場の場内で働いておられる女性で構成された<チーム Tsukiji Women> さんから、わたしの住む地区の在宅避難者のためにと
ダンボール箱で162個支援物資を送ってもらって、7/6にフリーバザーを催し、200人を超える人々に喜んでもらえました。(7/6撮影) 

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その<チーム Tsukiji Women> さんから、その後、加工場も機具器材も無くなったわたしとわたしの仲間へ、復活復興の支援として「水産用防水型電子バカリ」新品5台と「トロ箱」6個、「計量カゴ」10ヶを送っていただきました。電子バカリはとっても値段が高く...要望を聞いてくれた<Tsukiji Women> の大森さんには言葉では言い表せないほど感謝しています。さっそく仲間の仲買さんに1台づつ渡して回りました。(8/11釜石丸辰カマスイさんへ)

感謝を込めて=①

3月11日午後2時46分 大地震の後、店の様子を見に行ったまま大津波にのまれた兄嫁。
半月後に遺体で発見された。
瓦礫と土砂の中から見つけてくれたのは『ACT』...http://actjapan.org/index.html ボランテアの方々でした。
(4/12撮影)
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お盆に間に合うように納骨も出来、故人はお祭り好きだったので『海の盆』の花火キャンドルが何よりのプレゼントだったのではないかと....。(8/11撮影)
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ひまわり

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亡びゆく国あり大き向日葵咲き  三橋鷹女

港から4km,津波が間近まで襲って来た大ヶ口地区の
ひまわりが何事もなかったように、今年も咲いた。
被災地のひまわり、映画『ひまわり』を想い出させます。

ブログ初めて

港町の防潮堤水門近くの我が加工場の在った場所。
何にも無い。。。
加工には欠かせなかった地下水の管だけ...それでも水がコンコンと。
400m離れたところに瓦礫に埋まっていたフォークリフトも無残な姿です。

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